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ソーラーは太陽光発電だけ?
前回まで、エコハウスの空間構成について熱や空気・光など様々な側面から、定石とされる設計手法が必ずしも有効でない可能性を検証した。正直なところ、筆者自身も「吹き抜けはエコ」と漠然と思い込んでいた。それが多くの現場を定量的に計測する中で、少しずつ疑問を持つようになってきた。一度疑問を持って自分で考えだすと、「なぜこんな当たり前のことに気付づかなかったのか」と自分が愚かに思えるもの。今までの稿は自己批判に他ならない。
読者の方々も、できれば簡単な計測器を使って、ぜひ「定量的」な計測にチャレンジしてほしい。「おや?」と思う現場に出会ったらすぐ計測し、いくつかの物理原則に照らして自分で考える。それが、建築の空間と環境の真実に近付く近道である。
エコハウスのお約束
本連載の残りの稿で、エコハウスの「エコ」たる本丸、「エネルギー論」「CO2論」に少し触れることとしたい。エコハウスといえば、カタログやホームページには、消費エネルギーやCO2排出量の「試算」があるのがお約束だが、これがなかなかややこしい。その原因の一つは、熱と電気の関係がデリケートということにある。
昨今はさかんに「自然エネルギー利用」が叫ばれているが、実質は太陽光発電「一本槍」。かつては太陽といえば、郊外の住宅の屋根に乗っかっていた「太陽熱温水器」が定番だったはず。それが現状の出荷状況では、悲惨なくらい差が付いてしまっている。
太陽エネルギーは、どちらで使うべきか、そこから熱と電気の関係を考えてみよう。
太陽光発電は必要か
およそエコハウスと名の付くもので太陽光発電を載せていないものはほとんどお目にかかれない。官民を挙げて太陽光発電の推進に猛進しているわけだが、いったい太陽光発電の何がそんなによいのだろうか。
太陽光発電の最大のメリットは、何より「電気ができる」ことに尽きる。何を当たり前にと思われるであろうが、電気というのはエネルギーの形態の中でも格が違う。
よく「太陽光発電は太陽エネルギーの10%しか電気にできず効率が悪い」という議論があるが、これはあまり意味がない。確かに太陽熱温水器では、太陽エネルギーの40%以上を熱エネルギーの形で集めることができる。しかし、熱と電気では全く質が異なる。熱いお湯は立派な熱エネルギーを持っているが、その熱で洗濯機や掃除機が動くだろか。テレビが見られ、パソコンで仕事ができるだろうか。つまり、「電気にはできて、熱にはできないこと」がたくさんあるのだ。
電気は「りんごジュース」
この原因は、電気と熱は同じくエネルギーといっても「質が違う」ため。言うまでもなく電気の方が圧倒的に質が高い。発電所で石炭や石油を燃やしても、その熱エネルギーの一部しか電気にすることはできず、送電する間のロスもある。一般的な火力発電所から届けらる電気は、燃やした燃料の熱エネルギーのたかだか37%にすぎない。つまり家に届いた電気は、その3倍近い燃料を焚いてできた、とても貴重なものなのだ。
例えるなら、電気は「りんごジュース」のようなもの。飲みやすくてりんごの旨みが凝縮されているが、知らないところでたくさんのりんごが絞られて大量のカスが捨てられている。この燃やされた燃料(りんご)の熱量を「1次エネルギー」、得られた電気(りんごジュース)を「2次エネルギー換算」と呼ぶ。電気を他のエネルギーを比較する時は、この1次エネルギー換算が基本である。
こうしたつくられた貴重な電気は,何より「電気でしかできないこと」に優先的に使わなければならないのは言うまでもない。
太陽光の圧勝か
このように電気の質の高さを考えると、太陽光発電の発電効率は見かけ上は低くても、発電所の効率まで考えた1次エネルギー換算の変換効率では、太陽熱温水器と同等である。
(図2)。そうなると、電気の便利さだけが目立ってしまう。
それでは結局、太陽光発電の圧勝なのか。話しがそんなに単純であれば、わざわざここで取り上げたりしない。太陽光発電は、エコハウスの実態を端的に反映している好材料。次回以降の数回にわたり、その本質について考えてみよう。
前 真之:東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
(日経アーキテクチュアNo.960 P82.より引用) 』
住宅建築・住まいのリフォーム相談『日本建築倶楽部(JAC)』
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