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<<ふと考えた事>>
福岡西方沖地震から1年 2006.03.22
3月20日、それまで地震とは全く縁のなかった福岡を襲ったあの西方沖地震から1年を迎えた。
たまたま数日前に志賀島へ行った。最大余震の震源地であったこの島は未だに被害のつめ跡が生々しい。島を左回り、金印公園の前では海岸沿いにイカが干してあり一見のどかな風景だ。少し進むと玄海島が見えてきた。山の斜面が崩れているせいか広範囲に渡って土色の部分が見える。1年前を思い出し鳥肌が立った。そこから少し車を走らせ島の半分くらいの所で通行止め、現在も復旧工事が行われている。
一旦戻って今度は島を右回り。すぐに海水浴場だがそれ以上は進めない。ここから先は土砂崩れというより山崩れで道路は埋まったまま、こちらも復旧工事中。1年でこの様子では完全復旧はいったい・・・と思わざるをえない状況だ。
一方こちらは言葉の壁。地震の後、外国人の様々な声を聞いた。地震の日、テレビからは普段聞きなれない言葉が次々と聞こえてきて何が起きたのか分からなかった。ヒナンジョ、シンド、ツナミ・・・地震とは分かったがどうしたらいいのか分からない。携帯電話も繋がらずしばらく1人で不安だった。日本語が分からない外国人の情報源は乏しい。
1年前、福岡市のホームページに外国人向けの災害情報はなかった。多くの声に市は今後外国語でも災害情報を掲載すると決めている。
地震についてとても学んだ1年だった。我が家には防災持ち出し袋を置いた。

たまたま数日前に志賀島へ行った。最大余震の震源地であったこの島は未だに被害のつめ跡が生々しい。島を左回り、金印公園の前では海岸沿いにイカが干してあり一見のどかな風景だ。少し進むと玄海島が見えてきた。山の斜面が崩れているせいか広範囲に渡って土色の部分が見える。1年前を思い出し鳥肌が立った。そこから少し車を走らせ島の半分くらいの所で通行止め、現在も復旧工事が行われている。
一旦戻って今度は島を右回り。すぐに海水浴場だがそれ以上は進めない。ここから先は土砂崩れというより山崩れで道路は埋まったまま、こちらも復旧工事中。1年でこの様子では完全復旧はいったい・・・と思わざるをえない状況だ。
一方こちらは言葉の壁。地震の後、外国人の様々な声を聞いた。地震の日、テレビからは普段聞きなれない言葉が次々と聞こえてきて何が起きたのか分からなかった。ヒナンジョ、シンド、ツナミ・・・地震とは分かったがどうしたらいいのか分からない。携帯電話も繋がらずしばらく1人で不安だった。日本語が分からない外国人の情報源は乏しい。
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